12.投機としてのオプション買い




■ オプションの「買い」で利益を得る

前回と前々回は、資産を守るための「保険」として、オプションを買うことを説明してきた。


プット・オプションを使って、市場の暴落から株の資産を守るんだったね。


今回は発想を変えて、積極的に利益を得るための「投機」として、オプションを買う方法について説明したいと思う。




■ 相場の大きな変動をとらえる

ここで、オプションの買い手の損益について、もう一度確認しておこう。


損失は、オプションを買うために支払ったプレミアムに限定されていて、利益は潜在的に無制限なんだよね。


そういうことになる。
ただし、オプションの買い手が利益を得るためには、短期間のうちに相場が予想した方向に大きく動く必要がある。(特にアウト・オブ・ザ・マネーのオプションの場合)

これが、オプションの買いが、売りに比べて利益を得ることが難しい理由でもある。
では、相場が今後大きく動くかどうか、どうやって知ることが出来るだろう?


うーん、勘とか?


……。
まぁ事実として、勘に近い理由でオプションを買うトレーダーもいるのは確かだよ。
でも、ここではもっと勝率が高い方法を考えてみよう。




■ ストラドルの買い (Long Straddle)

オプションの売買戦略の中に、「ストラドルの買い」という手法がある。
これは、ある原資産に対して、「アット・ザ・マネー付近のコールとプットの両方を買う」という取引を意味する。


<ストラドルの買い ~損益グラフ>

オプション ストラドルの買い

OIS Pharmaceutical社の株式オプションで、「ストラドルの買い」を行った際の損益グラフ。 株価が72ドルの時点で、権利行使価格80ドルのコールと、権利行使価格65ドルのプットを買っている。 満期日は30日後で、グラフの点線はそれぞれ7日後、15日後の予想損益を示し、実線は満期日における損益を示している。 トレーダーは、株価が大きく上昇または下落した場合にのみ、利益を得ることができる。


コールとプットを両方買う理由が分からないんだけど。


ストラドルの買いは、どちらに動くかは分からないけど、原資産価格がこれから大きく変動する可能性が高い状況において有効な売買戦略だ。

例えば、経営方針を決める重要なミーティングを控えている企業や、決算発表が間近の企業などは、その結果次第で株価が大きく変動することがある。


つまり、どっちに転ぶかは分からないけど、何らかのイベントによって株価が大きく動きそうな会社ってことか。


そういうこと。
企業の大きなイベントに対して、投資家が好感して株を買ったり、逆に失望して売り払ったりすることがある。 どちらにせよ、オプションをストラドルで買っておけば、株価の大きな変動から利益を得られるというわけだ。


なるほどね。
でも、大きなイベントがあっても、株価はそんなに動かないってこともあるよ。


うむ、そのとおりだ。
決算発表に対して、株価はすでに織り込み済みになっていることもあるし、経営方針の転換などについても同じことが言える。

相場が大きく変動しなくてはならないという意味で、オプションの買いは勝率の面で不利だから、リスクを十分に考慮する必要がある。

それでも、特定のイベントを狙い撃つことによって、ストラドルの買いで大きな利益を得られるチャンスがあるのは確かだ。


確実なタイミングが分かればいいんだけど・・・


確実とは言えないけど、一つの例を紹介しよう。
ここでは、薬剤関連の株式オプションを「ストラドル買い」で取引するケースを考えてみる。

米国の薬剤企業は、自社が開発した薬をFDA(米国食品医薬品局)という機関に提出し、品質を審査してもらう必要がある。 もし認可を得られれば、薬品としての効能が公的機関によって保証されたことになり、薬局での販売が許可されるなど様々な恩恵にあずかれる。 結果、莫大な売り上げアップが期待できるわけだ。


ほぉー! そりゃ株価も上がるんでは?


そうだな。
「FDAの認可」というイベントによって、株価はしばしば急騰する。
例えば、OSI Pharmaceutical社のケースでは、2004年4月に新薬がFDAによって承認されたことをきっかけに、株価が約2倍に跳ね上がった。


チャート

2004年4月26日に、OSIの新薬がFDAに認可された。 これをきっかけに株価は2倍に急騰した。 このとき、アウト・オブ・ザ・マネーのオプションの価格(プレミアム)は100倍以上になった!

すごいね。 でもそれだったら、オプションじゃなくて、素直に株を買えば良いことじゃない?


それは鋭い質問だ。
いつでもオプションを取引すれば良いというものではないし、常に他の選択肢を検討することはとても大事だよ。
ただこのケースでは、株を買って保有するのはあまり得策とは言えない。

まず、原資産を直接買うのとオプションを買うのとでは、レバレッジに大きな差がある。
上の例で言うと、株を直接買った場合は投資資金が2倍になったのに対して、アウト・オブ・ザ・マネーのオプションを買ったケースでは、資金の数十倍の利益を得られた可能性がある。 まぁ、これは結果論だけどね。

もっと重要な点は、株価が予想に反して下がるかもしれないというリスクだ。
FDAに申請した新薬は、必ず認可される訳じゃない。
もし、FDAから不認可の通知が出た場合、株価が大きく下落する可能性もある。
例えば、Genta Incという会社は、2004年5月3日にFDAから不認可を受け、その直後に株価が60%も下落している。


うわ。 その株を持ってたらすごい損失だね・・
株を直接買うと、大きなリスクを負うことにもなるのか。


そこで、オプションをストラドルで買う戦略が生きてくる。
FDAの発表前にオプションをストラドルで買っておけば、どちらの結果であっても株価が大きく動く可能性が高い。 株価が大きく動きさえすれば、その方向に関わらず、ストラドルのポジションによって利益を得られるというわけだ。

ただ、FDAの認可発表というのは時期を正確に予測するのが難しく、オプションを買ったは良いけど、FDAからの発表が無いまま満期を迎えてしまうというケースもある。
そういうケースでは、最初に支払ったオプションのプレミアムが損失になる。


なるほどねー。
オプションを買った後は、相場がとにかく大きく動いてくれないと利益にならない。
だから、そのタイミングをいかに掴むかがポイントになると。


ここでは一例として薬剤関連企業の株式オプションを紹介したけど、他のオプションでも同じ戦略が使えるよ。

例えば、穀物の先物オプションでは、穀物の収穫高レポートの後に相場が大きく動くことを利用したりとかね。 取引する市場について良く知れば知るほど、どんなときに相場が変動するかが掴めてくるから、より有効に「ストラドルの買い」が使えるようになる。


オプションを取引するときでも、市場についてよく知っておくことが大事なんだね。


「自分がよく分かっていないものにお金を投じてはいけない」というのは投資の基本だけど、オプションでも同じことが言えるよ。


prev     next